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不吉な星と言うハレー彗星、ほうき星の76年周期の地球への影響

      2016/10/05

不吉な星と言うハレー彗星、ほうき星の76年周期の地球への影響
今回のテーマは、

不吉な星と言うハレー彗星、
ほうき星の76年周期の地球への影響

について紹介します。

昔からの言い伝えのひとつに、

「ほうき星は不吉をもたらす」

というものがあります。

ほうき星というのはもちろん、
ハレー彗星の事ですが、

76年ごとに地球に接近する
周期性を持っています。

ハレー彗星というのは、

イギリスの天文学者
エドモンド・ハレーさんが、

地球に接近するサイクルを
発見して名づけた彗星です。

1705年、ハレーは
ニュートンの万有引力説を元に、

過去の歴史に記された
24の彗星の軌道と地球への
接近サイクルを計算しました。

その結果、

ひとつの彗星が

1531年、1607年、1682年

に出現している事を発見します。

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不吉な星と言うハレー彗星とは?

そしてハレーさんは、

正確に76年周期で地球に
接近している事から、

もしもこれが同一の彗星
であれば次は、

1758年に出現するだろうと
予言していたのです。

ハレーさん自身は予言の
正否を見る事なく、

1742年に没しましたが、

彼の予言通り1758年に
彗星はふたたび地球に接近します。

ドイツの天文学者ハリッチ教授が
予言の正しさを確認します。

その後も、

1835年、1910年、1986年

と、正確な周期を刻みながら
私たちの前に姿を現しています。

最近の接近時である
1986年の記録を調べてみると、

「ハレー彗星景気」とでもいうような、
ちょっとしたブームが起こっています。

日本では、望遠鏡の販売量が
一時的に急増し、

観測ツアーが複数の
旅行代理店で計画され
人気を博しました。

ハレー彗星、ほうき星の地球への影響

アメリカなどでは、

ハレー彗星協奏曲とでも
いえるような、

一種のお祭り騒ぎにまで
発展したそうです。

Tシャツや彗星コイン、メダル、
旅行カバン、ペンダント、
ポスターや暗闇で光る鉛筆など

ハレー彗星グッズが
飛ぶような売れ行きを示したと
言います。

その経済効果の影響は、

80者から数万種にのぼる
関連商品が生み出され、

5億ドルを軽く突破する
売り上げを示したというので、

まさにコメットさまさまです。

この年の経税面や社会風俗面
から見れば、

「不吉な星」という言い伝えは
メルヘンの世界の伝承
であるように見えます。

しかしいままで考えてきたように、

人や地球上の自然が
宇宙の波動で連動している以上、

76年の周期的に起こる
ハレー彗星の接近と言う

異常事態との必然的な影響を
受けるのではないでしょうか。

そこで、まず日本の歴史を
さかのぼりながら、

ハレー彗星が現れた年の
日本の出来事に何か影響や
異変があったか否かの

検証をしてみましょう。

するとひとつの仮説が浮かび
上がってくるのです。

ハレー彗星の日本への影響

ハレーさんがこの彗星の周期を
計算した最初の年である
1531年は、

日本は室町時代末期でした。

歴史の教科書が示す通り、

当時の日本は足利政権末期の
ゆがみが表面化し、

やがてでてくる下克上の
時代に向かう煙がくすぶっていました。

この年は天候悪化も重なり、

飢餓状態から脱しようと
全国的に一気が頻発しています。

続く接近年である76年後の
1607年は、

徳川家康が江戸幕府を起こした
4年後である慶長12年
を迎えていました。

まだ民心は定まらず、

京都と幕府の対立が続いており、

阿国歌舞伎が浮き足立つ
大衆の支持を得ていました。

次に76年後の1682年、

これは徳川綱吉が5代将軍
の座に就いた二年後と言う
時代でした。

綱吉が就任した年から
凶作が始まり、

この年も尾を引いています。

この凶作に輪をかけてしまったのが
綱吉による強圧政治です。

希代の悪法と呼ばれる

「生類憐れみの令」

を始め、民衆に重い年貢を課し、

社会は不景気に喘いでいました。

何しろ五万頭の野犬を
集めて犬屋敷を造り、

餌代その他で年間10万両の
費用を江戸の町民から
特別税として徴収した

と言うから社会が好転
する訳がありません。

不吉な星の76年周期

続く1758年は、

徳川幕府の将軍は
江戸っ子から「小便公方」と

仇名された9代目の家綱
の時代です。

病弱な上に愚鈍である事から、

先ほどのあだ名がついた訳ですが、

統治者がこれでは世の中が
乱れるのは当たり前です。

各地で一揆が起こり、

一世紀半を経過していた
江戸幕府の屋台骨がゆらぎ
始める兆候が見え始めています。

執権田沼意次が権力を握り
賄賂政治を展開したのも
この時代です。

そして76年後の1834年は
いわゆる天保の大飢饉の
まっただ中です。

二年前から天候不順が続き、

稲作が全国規模にわたって
不振を極めた時代です。

ハレー彗星が接近した
二年後の天保7年には、

10万人を超す餓死者を出してしまい、

翌8年の大塩平八郎の
奉行所襲撃事件を誘発してしまいました。

ハレー彗星の農業、凶作への影響

次にハレー彗星が
接近したのは、

明治の世と移った1910年
(明治43年)のことです。

近代か社会に向けて、

日本がようやく軌道に
乗り始めていた時代と言えるでしょう。

その一方で、政府による
社会主義者や無政府主義者への

弾圧が強まった暗黒の時代へ
突入した年でもありました。

天皇暗殺を企てた幸徳秋水
をはじめとする

社会主義者12名を検挙、処刑した
大逆事件もこの年に起こっています。

また世界的にみても、

各国で凶作が相次ぎ、
食糧難が深刻の度合いを
強めています。

これが4年後に勃発する
第一世界大戦への引き金となりました。

ざっと歴史を振り返ってみると、

不吉な星と言うハレー彗星、
ほうき星が接近した年の前後には、

大きな出来事や事件が
起こっている事が分かります。

中でも世界中の国々にまで広げた
巨視(マクロ)的な視野で
眺めると、

農作物の不作とそれに
伴った社会の混迷が共通項として
浮かび上がってきます。

不吉な星の地球への影響とサイクル

ハレー彗星との接近との
相関関係があるのか、

これはハレー彗星の正体
を知る事によって、

ヒントを得る事が可能でしょう。

ハレー彗星は巨大な氷塊で
構成されています。

この氷塊は地球と太陽の
間を通過するとき

太陽光によって溶解します。

このとき氷塊は水素ガスを発生し、

太陽から放射される太陽風
(惑星空間に放出されている
プラズマの流れ)

を微妙に変化させます。

これが地球上の農作物に
重大な影響を与えるのです。

ある学者が計算した所、

ハレー彗星の接近により、

地球の稲作の北限経度は
1度近く下げられると言います。

これを日本列島に当てはめると、

北限が約100キロメートルも
南下する事になります。

周期的にやってくるハレー彗星は、

地球の温度を下げて冷害を
引き起こす事によって

農作物の凶作を誘発し、

そこから人々を動揺させて
暴動を生み出すサインだと
考えられるのです。

言い換えれば、

不吉な星と言うハレー彗星、
ほうき星は社会を混乱させる
引き金と言うべき星であり、

「不吉な星」

と呼ばれるのもやむを得ない
運命を背負っている星
という事ができるのです。

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