スピリチュアルと脳の成功法則〜人生好転のテクニックの数々〜

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不幸の元のこだわり、執着からの解放のスピリチュアルな意味

      2017/08/02

不幸の元のこだわり、執着からの解放のスピリチュアルな意味
今回のテーマは、

不幸の元のこだわり、執着からの
解放のスピリチュアルな意味

について紹介します。

人生を幸福にするにも
不幸にするにも、

自分次第と言えますが、

人間を不幸にしている
大きな原因は

こだわり、執着をしすぎる
事にあると思います。

こだわることは、

大きなエネルギーにもなるので、

全てが悪いとは言えませんが、

特にマイナス思考が元の
こだわりや執着は、

どうしても一面的な
見方になってしまいがちで、

スピリチュアル的な意味でも
更なる不幸を呼び寄せます。

例えば以前に
こう言うケースがありました。

ある女性が離婚の相談
に来たのですが、

よく聞いてみると、

ご主人に暴力を
振るわれたそうです。

自分は生まれてこのかた、

親からだって一度も
殴られたことなどないのに、

主人は私を殴った、

だから「もう離婚だ」
というのです。

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不幸の元のこだわり、執着からの解放

もちろん彼女は殴られた
被害者であるのですから、

普通は同情するでしょう。

しかし私は黙って聞き続け
彼女は話し続けました。

そして言いたいだけ彼女が
言い終わってから、

ご主人が殴るに至った
原因を聞いていきました。

そうしてみると、

正直なところ私でも
殴りかねないような

彼女の行状が浮かび
上がってきたのです。

点で見ればご主人の方が悪いです。

しかし面で見れば、
彼女にも負い目はあります。

正直にそれをアドバイスすると、

彼女は意外にもそのことを
素直に認めたのです。

彼女は頭のいい女性でした。

客観的な意見を言えば

多くの人が「彼女が悪い」
と言われそうなことも

自分で認めていたのです。

そうであれば、

自分の態度を少し改善すれば
夫婦仲も改善すると
アドバイスしたのですが、

彼女はとにかく

「殴られた」という事実だけに
固執しこだわり、執着していました。

そしてさらに事を大きくし
醜い争いに発展しました。

結局離婚をしました。

本人も子供たちも両家の家族も
傷つき不幸を味わったのですが、

この元を考えてみると
やはりこだわりや執着という
ところに行き着くのです。

このように人間は、

マイナス思考にこだわり過ぎると

その先が見えなくなります。

いかに賢明な人間も判断
目が曇ってしまうのです。

こだわり、執着からの解放の
スピリチュアルな意味は
つくづく大切だと感じます。

執着からの解放のスピリチュアルな意味

これは聞いた話ですが、

女性教師がある国に赴任
することになったそうです。

子供達はとても可愛く、
勉強熱心で、

祖国では味わえなかった心の
充実感が彼女にはありました。

職場は楽しく、同僚にも恵まれ、
生活も充実し、給料も悪くありません。

しかしある時、彼女の
祖国では法律違反となる、

事件が学校で起こったのです。

客観的に見れば取るに足らない、
些細な出来事とも言えます。

しかし彼女はそれを許せず
不信感を募り学校を辞めて
しまったのです。

…どちらが正しいとは
一概には判断できません。

しかし、私たちが何かに
こだわりを見せた時、

大切なものも失うという
ことです。

こう言った執着は
個人レベルではなく、

たとえば、
世界に目を移してみると

こだわりから発生して
終わりの見えない紛争を
繰り返している国々があります。

そのこだわりは宗教に
起因することが多いです。

人間の知恵を働かせば
解決できる問題のはずなのに、

あれだけ犠牲を払ってもなお
解決を見せないというのも、

こだわりがいかに強固であり、

いかに人を不幸にするかの
よい例と言えるでしょう。

こだわりが過剰になると、

こだわりから離れたところで、
問題の解決を阻害する
要素が必ず生まれ、

そうして問題がますます複雑に
してしまうのです。

仏教の世界では
こだわりについて以下のように
説いています。

「こだわりは無駄と
気づいたときに空の心となり、

こだわりを捨てたときに
無の心となる」

ブッダがこう説いてから、

未だに人間は悟りに近づいて
いないのかも知れません。

しかし、気づきを得ることは
誰にもできることでしょう。

人生を幸福にするか不幸にするか、
スピリチュアル的な意味を感じる
メッセージと言えるでしょう。

よい意味でのこだわり、執着からの解放

つまり、こだわりを捨て、
執着から解放された時から、

閉ざされていた心眼が開き、

真理、真実が見えてくる
ということです。

私はこのこだわりや
執着からの解放を考えるとき

剣聖として知られる塚原卜伝
のエピソードを思い出します。

八方破れの隙だらけ
の自然体というのは、

かえって打ち込む隙を見せない
というエピソードです。

これは打ち込む側の
心理的な負けというものです。

確かに達観した考え方です。

しかし、そこまでの
心境にはなかなかなれません。

そして人生を幸福にするのに、

そこまでの悟りは必要ない
のかも知れません。

というものの、

普通の人間にとって
仏陀や悟りを開く人間のように、

全てのこだわりを捨てる
というのは難しいでしょう。

前に紹介したように
スピリチュアルな願望実現力

これはある意味で夢に
こだわり、執着することです。

しかしそれがあなただけでなく、
周りにも価値を与えるものであれば、

夢や願望を思い描きそこに
集中するものが、

ポジティブなこだわりや
執着であれば

人生を豊かにしてくれるでしょう。

人を幸せにしたり
人を楽しくすることにこだわれば、

不幸の元にはならないでしょう。

そしてその選択は全て
私たち次第ということです。

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