スピリチュアルと脳の成功法則〜人生好転のテクニックの数々〜

最先端の脳科学から古代オカルトまで..「科学」と「非科学」を融合した成功法則

世界のホンダの基盤を作った本田宗一郎と藤沢武夫のパートナー

   

世界のホンダの基盤を作った本田宗一郎と藤沢武夫のパートナー
今回のテーマは、

世界のホンダの基盤を作った
本田宗一郎と藤沢武夫のパートナー

について紹介します。

1946年(昭和21年)に、
軍需からスタートし、

その卓越した技術と
独自の思想によって、

世界のホンダを作り上げた
日本を代表する経営者である、

本田宗一郎さんですが、

『ざっくばらん』という著書には

「欧州断想」という章があります。

ここでは本田さんが20日ほどかけて、

フランス、ドイツを回ってきた
という話が出てきます。

当時パリで開催された機械工具博覧会
を見にいくことが目的でした。

機械工具博覧会といえば、

観光ついでに、
新しい技術を学びに行く、

ヨーロッパの新しい機械でも
見に行ったようなイメージを
持ってしまいがちですが、

本田宗一郎さんは
そうではなかったと言います。

機械は単なる一個のものではなく、

技術屋の思想そのものを
ズバリ反映しています。

それをさらに突き詰めていくと、

それを生産している会社の
生産方式や経営のやり方までが、

はっきりとした形で浮かび上がってくる

と言います。

世界から技術でなく思想を持ち込む

本田さんは若いころの
放蕩生活こそが、

ビジネスの視点を養う
大きなきっかけになった、

と語っていますが、

海外でただ技術そのものを
学んできたわけではありません。

現地に赴き観察する。

さらには国民性や
地域のあり方についても、

見えてくるわけです。

世界一流の機械が一堂に
集まる博覧会といえば、

ホンダの成長のために、
絶好の場なのだと、考えたのです。

本田宗一郎は、

こうした目的で先進国である
ヨーロッパやアメリカを周り、

日本に帰ってきてから
社員に話を聞かせます。

しかし、その場で技術の
話は一切出なかったそうです。

本田が話聞かせたのは、

技術の基礎となっている
「思想」だったのです。

「思想さえシッカリしていれば、

技術そのものはそう
難しいものではない。

そのことをつかむのが
トップの役目ではないかと思う。

(中略)

ホンダには十一年の歴史しかないが、

ヨーロッパには長い歴史の
積み上げがある。

今度の渡欧の目的を
手っ取り早くいえば、

機械を通じての世界の市場調査に
出かけたということになる。」

世界のホンダの基盤を作った思想

歴史やアート、思想や旅が
ビジネスに結びつくのだろうか、、

と思ってしまう人も多いでしょう。

しかし

「人間を理解するのが根本原則」

世界のホンダの基盤は、

本田宗一郎のこうした思想の
上に出来上がったことは、

間違い無いでしょう。

そしてもう一人

世界のホンダの成功には
重要なパートナーの存在がありました。

本田宗一郎が海外に出て行っては
新しい機械をたくさん
買い込んでくることから、

ホンダの財政は逼迫して行ったそうです。

当時ホンダの財務を一手に
仕切っていたのが、

本田さんの生涯のパートナー
藤沢武夫さんです。

昭和28〜29年ごろは、

夜も眠れず悪夢で目を覚ます、

藤沢さんが寝汗をかくほど
緊迫した状態にあったと言います。

当然、本田さんのように
思想を重んじる経営者でも、

現実的な財務業務がなければ
会社は成り立たないわけです。

藤沢武夫さんの存在なしに、

本田さんの思想も浸透しなかった
のでしょう。

本田宗一郎と藤沢武夫のパートナー

同業者からは

「身の程知らずに
機械なんか買い込んで」

とい皮肉を言われたそうですが、

本田さんはここでも

世の中の物の見方とは違った角度
から自分たちの苦境を見ていました。

「あのころの、外貨というものは、

ウイスキーや高級車の輸入
ばかり使われていて、

基本産業にはほとんど
使われていなかった。

ウイスキーは飲んでしまえばなくなるが、
機械は飲むわけにはいかない
(なくならない)。

ホンダがつぶれれば迷惑をかけるが、
機械は迷惑をかけない。

むしろ国家的にみても利益になる。」

つまり、ホンダという
一企業の財政ではなく、

日本という国の技術発展を
支える基盤のあり方を

考えていたということなのです。

こうした視座から世界を見ているため、

ホンダの発想は世間の常識を超越しています。

それが世界的企業へと
成功した考え方ではないでしょうか。

「専務(藤沢武夫さん)が寝汗も
かかずにノウノウとしておれるぐらい
にしか機械を買っていなければ、

現在のホンダは存在しなかったともいえる」

ここまで考えるのが、

本田宗一郎のいう
「技術屋」の真骨頂であり、

それを支えた藤沢武夫
というパートナーの存在です。

真理の追求とビジネスの成功

常に新しい物の見方を試し、

真理を追求しながら、

人にとって役立つことを目指した

経営者であり技術屋だったのが
本田宗一郎なのです。

しかし、私たちは
ともすると易きに流れ、

固定概念にとらわれ、

真理が見えなくなってしまう
ということが少なくありません。

視野が狭くなり、目の前の
事に翻弄される事になります。

その結果、自分のための活動に
終始してしまいがちになります。

これでは残念ながら
大きな成功はできません。

大きなビジョンのもとに、

人もお金も成功も集まるのです。

そんな私達に対するアドバイス
としてホンダさんの熱い思いが
集約された、

以下の言葉を紹介したいと思います。

「科学技術というのものは、

権力にも経済的な圧力にも
屈してはいけないものである。

ガリレオが「それでも地球は
回っている」とつぶやいたように、

権力を持った者が、
どんなに真理を否定しても、

真理は真理として残る。

真理は一見冷たい。

しかしその真理を押し通るところに、
熱い人間の面目がある。

工場には、その冷たい真理だけがある。

真理だけが充満していなければならぬ。」

世界のホンダの基盤を作った
本田宗一郎と藤沢武夫のパートナーから

古今東西に通じる、仕事の
取り組み方を学ぶことができます。

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