スピリチュアルと脳の成功法則〜人生好転のテクニックの数々〜

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井深が目指した日本の再建、リスクをとるソニーの精神と社風

   

井深が目指した日本の再建、リスクをとるソニーの精神と社風
今回のテーマは、

井深が目指した日本の再建、
リスクをとるソニーの精神と社風

について紹介します。

戦後のソニーの活躍がなければ、

日本の復興や発展は
なかったかもしれません。

そしてその重責を担った
偉大な経営者が

創業者である井深大さんです。

トランジスターラジオ、
マイクロテレビ

など、世界中の消費者の
ライフスタイルを変えてしまった、

ソニーのイノベーションと
画期的な技術開発ですが、

1968年に発売した
トリニトロン・カラーテレビも

その一つに挙げられるでしょう。

三位一体を意味する
トリニティーが語源で、

一本の電子銃から3本の
電子ビームを出力する方式で、

その高画質さが世界中から
一気に脚光を浴びた商品です。

ライフスタイルを変えるソニー

井深さん自身その著書で

「その歩みの中でも
全精力を注ぎ込み、

忘れ得ぬ思い出の一つに
トリニトロン・カラーテレビ
の開発がある」

と述べているくらい、

思い入れの高い商品だったようです。

その分やはり、産みの
苦しみがあったようです。

その開発はトランジスターラジオ
の開発時と同じく、

非常に苦労があったようです。

当時カラーテレビの技術には、

アメリカのRCAが開発した

シャドーマスク方式が
先行していましたが、

井深さんとソニーは、

クロマトロンから
トリニトロンへ

という困難な道をあえて
選んだようです。

というのも、当時の
シャドーマスク方式は
画面の輝度が低いため、

カーテンを閉めないと
綺麗に色が出ないという
弱点があったからです。

そこで井深さんは、

「人々が夕食を食べながら
見られる明るいカラーテレビを
作ろうじゃないか」

と、ここでも
ライフスタイルを変えることを
目標に掲げるのです。

リスクをとるソニーの
精神と社風は、

止まることはありません。

井深が目指した日本の再建

どうして成功を収めてもなお、
現状に満足せずに

リスクをとってチャレンジを
続けるのでしょうか?

そこにはやはり深い理由が
あったようです。

ソニーの設立趣意書の
「会社創立の目的」の中には、

「日本再建、文化向上に対する、
技術面、生産面よりの活発なる活動」

「戦時中、各方面に非常に進歩したる
技術の国民生活内への即時応用」

とあるように、

井深さんたちはソニーの成功を
ただビジネスの成功に終わらず、

日本の再建、文化的向上、
国民生活の進歩を目指していたわけです。

この当時あったリスクをとる
ソニーの精神と社風は、

現在もしっかり受け継がれて
いるのでしょうか?

ソニーだけでなく、多くの
日本企業が忘れてしまいがちな、

大切な考え方かもしれません。

リスクをとるソニーの精神と社風

こうした社風の元、

あえて困難な道を選んだ
井深さんチームですが、

クロマトロン方式は、

原理的には優れた技術でも、

実用化は困難を極めたのです。

井深さんは著書内で

「最終的には時間、人材、
資金、技術を注ぐ継と注ぎ込み、

製品を作れば作るほど
損失が多くなるという最悪の
状態にまで追い込まれてしまった。

私たちは、このクロマトロンと
心中してもどうにもならぬ、

という非常に苦しい立場に
置かれていた」

と語っています。

こうした絶望的な状況の中、

水平方式に変えて、

一本の電子銃で3本の
電子ビームを出したらどうか

というアイデアが出てきました。

当初はどうせダメだろうが、

ダメならデータだけ取っておこう

という軽い気持ちで実験に
うつされたようですが、

意外にも良い結果が得られ、

これがトリニトロン方式への
扉を開けるきっかけになったのです。

「まずやってみよう」という精神

私にはこうした専門的な
技術のことはよくわかりません。

しかしここでリーダーである
井深さんの考え方が少しでも
違っていたならば、

ソニーはすでに倒産し
チームは解散していて、

日本の再建、文化向上も
実現されていなかったかもしれません。

井深さんは何事も
頭だけで理屈をこねて

「できません」ということを
大変嫌ったそうです。

経験を重ねながら、
ダメで元々の精神で、

まずやってみようという姿勢が、

ソニーの社風になっていったのです。

止まらず前に進み続ける精神

1968年4月、ついに
ソニーはトリニトロンカラーテレビを
発表します。

今までにないその美しい画面に
多くの記者たちが感銘を受け、

大好評のうちに記者会見が
終わろうとしたその時です。

そこで社員たちが度肝を
抜く発言を井深さんはしました。

「発売は今年10月中、
年内に1万台の量産を行う」

とぶち上げたのです。

トランジスターラジオの時と同様、

ここでもまた大きなリスクを取り、
商業生産に入っていったのです。

この時は実は、

発表のためにやっと試作機を
十台作ったばかりという状況でした。

それをあと半年で量産体制を
整えるのは無茶もいいところ

という印象だったようですが、

すでにすぐ二番手が追従してくる
ことが想定される中、

パイオニアとして世の中の
ライフスタイルを変えるということは、

こうしたリスクと常に背中合わせ
であるということなのでしょう。

そしてその根底には井深が
目指した日本の再建という

大きなビジョンがあり、

リスクをとるソニーの精神と社風が
チームにも浸透していったのでしょう。

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