スピリチュアルと脳の成功法則〜人生好転のテクニックの数々〜

最先端の脳科学から古代オカルトまで..「科学」と「非科学」を融合した成功法則

ソニーと井深大のインパクトを与える商品開発と発想の仕事術

   

ソニーと井深大のインパクトを与える商品開発と発想の仕事術
今回のテーマは、

ソニーと井深大のインパクトを
与える商品開発と発想の仕事術

について紹介します。

前回紹介したように、

軍需関係の仕事に就きながら、

井深大さんは

世界のソニーとなるイノベーション
の礎を鍛えていたのです。

そして、これを応用して、

何か大衆に直結した商品を
開発してみたい、と

考えていたようです。

井深さんは実際に社会人に
なってまもない頃に、

会社の仕事とは別に、

アングラ研究としてネオンを作り
パリの博覧会に出品するなど、

常に社会にインパクトを与える
ことを考えていたようです。

当時所属していた
PCLという研究所の所長は、
(Photo Chemical Laboratory)

植村泰二さんという方で、

彼の仕事の哲学は、

日本にためになる仕事なら、

直接会社の事業とは関係ない研究
でも多めに見てくれていたようです。

イノベーションと発想の仕事術

「新しい技術の発見は
国家的にもプラスであり、

人類の進歩のためにも
不可欠の要件である」

という植村さんの深いモノの
見方ができる上司の存在が、

井深大さん発想の仕事術に
大きな影響を与えたのでしょう。

戦後、高度成長期を経て、
豊かになった日本企業では、

前例がないとやらない…

というような消極的な
考えをする企業が増えましたが、

当時の井深さんには、

まさにイノベーションを生み出す
発想ができるための、

大切な環境があったのです。

ソニーと井深大の仕事のイデオロギー

そして井深大さんは、

仕事の上で一つのイデオロギーを
持っていたと言います。

それはその後のソニーの
やり方においても

脈々と続く考え方なのですが、

当時の日本では、

電気と機械ははっきりと
研究分野が分かれており、

電気屋はなんでも電気的に、
機械屋は全て機械で解決しよう、

という風潮があったと言います。

しかし、井深さんは

「その中間をうまく縫って両方の
特徴を活かした仕事をしよう」

という着装を持っていたのです。

これは私たち現代人にとっても
当てはまる考えではないでしょうか。

つい専門を分けて考えて、

その分野のことは
その分野に任せてしまう。

というのが凡人の発想です。

しかし成功するビジネスマンの
発想はそうではありません。

コンピューターとアート

という両極端の要素を融合させ
マックの商品開発を進めた、

スティーブ・ジョブズの
成功例に見るように、

異なる分野の技術の
すり合わせ融合にこそ、

社会にインパクトを与える
新たな価値が生まれる

ポテンシャルが存在することを
信念として井深さんも持っていたのです。

世にインパクトを与える商品開発

そしてそれがその後の
ソニーの成長につながり、

こうした考え方に陰りが見え
ソニーの衰退も始まったの
かもしれません。

いずれにしろ創業者である
井深大さんの発想が、

初めて世の中インパクトを
与える商品として結実したのは、

テープレコーダーでした。

今でこそ当たり前のものですが、

テープレコーダーは当時の
日本では初めてのものであり、

世界でもテープと
テープレコーダーの両方を

作っている会社は例がありませんでした。

この商品開発の経緯について
井深さん自身が著書で
こう述べています。

「このテープをこしらえ
上げたことが我々にとっては

”やればなんだってできるのだ”

という大きな自信を
与えてくれることになり、

のちにトランジスターをやるときにも
たいへんな力となったのである。」

ソニーと井深大のの仕事術

一体どんな材料を
使えば音声を記録できるか、

手がかりの乏しいなかから
井深さんたちは

試行錯誤を続けようやく
シュウ酸鉄にたどり着きます。

最初は「ザーザー」
という音しか出ないなかで、

何度も機械のチューニングを繰り返し

ようやくのことで思いのままの
音を録音再生できるようになったとき、

仲間と皆で手を取り合って
嬉し泣きしたと言われています。

国家的に意味のあることをやる、

電気と機械の融合こそが
新しい価値を生み出す

と言った井深大さんの着想が
あってこその快挙だったのでしょう。

ソニーと井深大のインパクトを
与える商品開発と発想の仕事術は

こうした背景から生まれたのです。

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