スピリチュアルと脳の成功法則〜人生好転のテクニックの数々〜

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内臓感覚で感じ身体で考える、身体感覚センスを鍛える方法

      2016/10/21

内臓感覚で感じ身体で考える、身体感覚センスを鍛える方法
今回のテーマは、

内臓感覚で感じ身体で考える、
身体感覚センスを鍛える方法

について紹介します。

脳も当然ながら身体の一部であり、

ただ頭を使うことだけが、
賢さの要因ではありません。

以前も健康と脳の関連性に
ついて紹介してきましたが、

知力と体力が密接な関係を
持っていることは言う間でもありません。

さらに直感やアイデアというのも、
頭で考えるだけではなく、

身体で感じることも重要なのです。

考えるときの基本として

身体のセンスを研ぎすませる
という方法があります。

「これはなんか違うな」

というとき、

身体感覚として違和感を
感じる事があります。

カウンセリングの専門家
ジェンドリン博士が、

自分自身で心の実感に
触れる方法として開発したのが

「フォーカシング」

という技法があります。

「これは、身体の内部である
特別な気づきに触れていく過程です。

この気づきをフェルトセンス
(a felt sense 
感じられた意味、意味ある感じ)」

と呼びます。

フェルトセンスは通常、

ただそのまま存在している
訳ではありません。

それは形作っていくべきものなのです。

つまり、あなたの身体の
内側に注意を払う事によって、

どうすればそれが生じてくるかを
心得ていなければならないのです」

『フォーカシング』より引用
(ユージン・T・ジェンドリン、村山正治訳、福村出版)

これは身体の感覚を手がかりにして、
自分の問題点を探っていく方法です。

つまり言葉よりもむしろ
身体感覚や内臓感覚の方が

問題の本質を捉えています。

身体の方が問題を先に
感じ取っているという訳です。

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フォーカシングとフェルトセンス

単純に、

「お腹が空いている
空腹時の方が頭がよく回り」

「お腹がいっぱいで
食後の方が頭が回らない」

という感覚を感じる人は多いでしょう。

他にも例えば、

「これはちょっと違和感があるな」

という感覚を大切にします。

まず胸の奥や腹の底など
身体の中心部分にぼんやりと
注意を向けながら、

何か気がかりな感じが
(フェルトセンス)
感じられるのをゆっくりと待ちます。

次にその感じ、
フェルトセンスにぴったりな
言葉を探します。

その言葉を「ハンドル」
と言いますが、

その言葉が見つかったら、
もう一度、フェルトセンスに
ぴったりかどうかをつき合わせて感じてみる、

もし違っているようならば、

また、ぴったりとくる
言葉を探してと言った事を
繰り返します。

そして気がかりな感じ、
フェルトセンスと

その言葉、ハンドルが
ぴったりだという感覚が
得られれば開放感が得られます。

考える作業のときも

このように
身体感覚、内臓感覚を
利用してみる事はできるのです。

内臓感覚で感じ身体で考える

例えば、このネーミングで
しっくりくる、

いやこれはなんとなく
しっくりこないということを、

身体の感覚として、
感じ取れるように鍛えるのです。

その場合、頭というよりは
胸や腹に響く感じでしょう。

「腑に落ちない」
「腹に据えかねる」
「胸に刻む」

などという言葉がありますが、

これは身体感覚と
結びついているのです。

実際に納得できると

「腑に落ちる」

というように内臓が
落ち着くような内臓感覚もあります。

「腹に据えかねる」というと

怒りを、腹の中に
しまえない感じです。

実際に腸は第二の脳と呼ばれるほど
神経細胞が多いことが知られていますが、

英語でも

「gut feeling」というのは
「直感センスや虫の知らせ」
という意味ですが、

「gut」というのはもちろん
「腸」という意味です。

そういった身体感覚として
大切にするのです。

考えるという作業において、
身体感覚の実感を
伴うように持っていくのです。

考えを練る、考えを掘り下げる
などといっても、

実際の身体的行為であって、
それを応用していきます。

「考える」は抽象的で、
頭の中で行う事で、

目に見えないので、
それを身体的行為に常に
置き換えてみるのです。

内臓感覚、身体感覚を鍛える方法

「考えを煮詰める」

といったときに、

煮詰めるというイメージが
はっきりとある人とない人では、

考えを深めると言っても
ずいぶんと違ってきます。

あるいは

「考えを練り上げる」というのも、

「練る」という作業を
具体的にイメージできる人は、

「考えを練り上げる」ことが
「考えを思いつく」という事とは

全然違う事だと明確に分かります。

こうした内臓感覚、
身体感覚は子供のころから

遊びと通じたり、
色々な事をトレーニング
したりする中で鍛えられます。

繊細な研ぎすまされた身体感覚は

考える作業に直接的に
役立つ事です。

というのは、身体感覚を
手がかりに考えない人は、

ずれた感覚、違和感に
気づきにくいのです。

「これでスッキリだ」

という感覚に鈍感で、
適当なレベルで、

考えるのを辞めてしまう
ところがあります。

物理学者ディラックは

「他の人たちがむなしく求めていた
電子の方程式を自分が探り当てることが
出来たのは、鋭い美の感覚だった」

と平然と言ってのけたと言います。

ロジカルで無機質な数学の世界にも
美的感覚や感受性が必要、

むしろ重要であり、偉大な発見や
発明も直観的判断が多いに
影響していたことも分かります。

内臓感覚、身体感覚で
感じ身体で考えることと
結びつけている人は

考えが完璧に腑に落ちるまでは
その作業を続ける事ができます。

「まだ引っかかっている」

という感覚は、大切な感覚なのです。

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