スピリチュアルと脳の成功法則〜人生好転のテクニックの数々〜

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具体的に分かりやすく説明する力と文章や言葉の理解力の関係

      2016/10/21

具体的に分かりやすく説明する力と文章や言葉の理解力の関係
今回のテーマは、

具体的に分かりやすく説明する力
と文章や言葉の理解力の関係

について紹介します。

「頭がいい」と周囲から
思われている人と言えば、

テレビのクイズ番組などの登場する

「雑学王」「ウンチク王」

と呼ばれる人、

「物知りだね。賢いね」

など感心されますが、

実際に彼らが本当に頭が良い
と言えるかどうかは疑問です。

雑学やウンチクだけなら

今ならインターネットを使えば
誰でも知れるわけですから、

判断力や思考力と雑学の知識は
違うものと言えるでしょう。

もちろん幅広い知識のアウトプット
は大切なことではありますが、

私自身が「賢さ」を表す基準
として考えているのが、

物事を具体的に分かりやすく
説明する力があるかどうか、

ということです。

国語の入試問題などを見ると、

よくある設問は、

難解な文章に傍線が
引っ張ってあって、

その部分を

「分かりやすく説明せよ」

というものがあります。

抽象度の高い文章を読ませて、

それをクリアに誰にでも分かる
言葉に置き換え、

具体性を持って説明する事ができれば

その文章をよく理解している
ということになります。

逆に説明できなければ、

文章を読む事はできても、
理解していないという事になります。

受験生の文章の理解力を
判定するために、

こう言った問題を出すのです。

非常に知的な文章を、

小学生や中学生に
はっきりと分かるような形で
説明できれば、

その文章を本当に
理解していると言う事になります。

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具体的に分かりやすく説明する力

そのときには、
具体例が重要になります。

入試問題の解答では
具体例を多くはあげられていませんが、

普通に説明する時には、

「~と言う事は、例えばこう言う事である」

という説明が出来る人というのは
よく分かっています。

それは、自分の頭で考える事が
できているという証明になります。

具体例を出し、

それが全く見当はずれであれば、
解答としては不正解となりますが、

抽象度の高い言葉をもう一回
抽象度の高い言葉で置き換えているだけの
解答よりは好感が持てます。

具体的であれば、

それが合っているか、
間違っているかは一目瞭然です。

ところが解答が抽象的に書いてあると、
曖昧模糊としているので、

即座に間違っているとも
言えないという事があります。

それは、ある種
腰の引けた解答とも言えます。

解答の中で未熟な例としては、

内容が掴めておらず、何も書けずに、
空欄のままというものです。

これは、脳が止まってしまった
状態を示しています。

記号問題だと解けても
記述問題になると、

もう身動きが取れなくなってしまう人です。

言葉を抽象的なものから
具体的なものへと言う
変換機能が鍛えられないので、

自分の言葉に直せないのです。

本屋さんなどの並ぶ
入門書というのは、

そう言ったものを読むのは
レベルが低いこと、

と考える人もいるかもしれませんが、

そもそもその分野について
相当理解していなければ、

分かりやすく書くことはできません。

当然読み手からしても理解しやすく
その内容を覚えやすいものです。

逆に中途半端な理解のまま
専門知識を並べただけの話は、

読む側にも分かりにくく、
説得力もありません。

分かりやすく説明する技術
というのは、

非常に重要なスキルであり、

文章や言葉の理解力を鍛えるのは
非常に大切な訓練です。

分かりやすく説明する力と文章の理解力の関係

次に未熟な人は、

自分の言葉で書きすぎてしまっていて
元の文章とあまり意味が
違いすぎてしまうタイプです。

また文章の中から、
言葉をいくつか抜き出して再構成する
ような解答もあります。

こうした解答作成法は、

予備校などで教えられる事が多いようです。

予備校が作る模範解答は
間違わない事が大事ですから、

そのような形になるでしょう。

しかし、そういった模範解答は
試験ではいいかもしれませんが、

国語の勉強の本質である

具体的に分かりやすく説明する力や
文章の理解力という観点から見ると
未熟と言えるでしょう。

抽象度の高い元の文章の
難易度のレベルが10とすれば

それを易しくして5~3程度に
落とす事が求められているのです。

1まで落とせば小学生でも
分かるレベルになります。

せめて5くらいに
落としてほしいのに、

10の中の言葉の組み合わせて、
一見別の文章を作ったように見せても

抽象度に関しては10のままでは、
要求に応えているとは言えないでしょう。

考える力と文章の理解力の関係

はっきりした間違いを
犯さないように安全運転を
しているつもりでも、

腰の引けた解答では

「本当の考える力」は付かないでしょう。

学生時代はよくても、
将来仕事に活かせるか?

と言われれば疑問です。

「その解答を書いている人が
完璧にわかっているな」

と、採点する側にはっきり
伝わるくらいであれば、

文章の理解力が付いたと言えるでしょう。

一時期、『新明解国語辞典』
というものが話題になりました。

あれほど人気が出たのは、

監修者の主観が出るような
独特の具体的が面白かったからでしょう。

主観を出す事で、
物事をクリアに説明できる事を
知っている人なのでしょう。

ただし、主観的な具体例を
出せば出すほど、

「それは違うだろう」

と言われる可能性は高くなります。

もし、それが見当はずれに
なってしまったら痛いです。

それでもあえて踏み込むという
態度は潔いものです。

本来は、国語の試験であれば、

自分の言葉で説明し、
痛い目にあう事を繰り返していく事で、
考える力の基本練習ができます。

例えば話しているときでも

「それはこういうことですか」

と、自分の考えた具体例を挙げます。

たとえ間違ってもいいのです。

例を挙げる事ができると、
何かと自分の頭で考えて
理解しようとしている事が相手に伝わります。

またこうして分かりやすく
説明しようと試みるだけでも、

自分の頭の中の整理整頓が進むものです。

本を読んだり情報を得ても、

その知識を上手く仕事に活かせない

と悩んでいる人は、

まずは情報の理解を促進する為にも
読んだ情報を具体的に分かりやすく
説明する習慣を持ってみてはいかがでしょう。

そうして始めて

その知識を自分のものにでき、
活用することもできるでしょう。

具体的に分かりやすく説明する力を
つける事は役に立つスキルなのです。

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